あのトキ

昨夜の言に偽りなくここに記せることが出来てよかった。
鍛える続ける繰り返し続ける、とのフローが耳の奥にこだまする。
「be nice to me」が流れるこの空間が胸を締め付けてくる。
突然意識がロンドンに飛んだ。
9年前の今日僕は初めて日本をでた。
何か目的があったわけではなかった。
ただぶち壊したかった。
自分の意志とは無関係に用意されていた窮屈なレールの上から、
離れたかった。
できるだけ遠くに行きたかった。
自分だと思っているものからも、出来るだけ遠くに。

はじめてかの地に着いたときの感動は何度思い出しても、口角があがってしまう。
フロントガラスにヒビの入ったオンボロのセダンで出迎えてくれた
ホームステイ先までの送迎車は、僕の不安とワクワクを同時に逆撫で、
もうどうにでもしてくれと降参の姿勢を強制された。
高速道路に乗り空港から遠ざかれば遠ざかる程自由を手にしている感覚に酔いしれた。
未来への期待と観るもの全てが新鮮で輝いている現在を懐に納めきれず、
表層では平穏を装いつつもその実、心の中で喜びは増幅されていった。

ステイ先周辺はzone3の範囲で中心から少し離れており、
黒人、インド人を中心とした低所得者が多く住む地域でその環境がさらに自分をワクワクさせた。

フランス、シャルルドゴールでのトランジットの際、
飛行機が遅れたためか、ステイ先に着いたときにホストファミリーはいなかった。
それでもドライバーが鍵をもっていたため家に入り与えられた部屋で待機することになった。

目に映る全てが新鮮で長旅の疲れをもろともせずキョロキョロと部屋の中を眺め自分が何者にも縛られていない今の感触を味わった。

ずっと自由になりたかった。
しがらみにまみれていた。
自分の信じていないものを信じないといけないジレンマの中で
心をねじ曲げ続けてきた。
積み上げたレンガはどんどん高くなってわずかな青空しか臨めなくなっていた。

二時間程のまどろみのあと、
帰宅したホストファミリーが満面の笑顔で迎えてくれた。

ようやく新しい人生が始まったのだ。
過去の自分との決別。
もう二度と戻りたくないと思った。
希望の炎だけが明々ともえていた。